文句なく面白かった!
敵味方問わず魅力のあるキャラクターであふれてて没頭してました。

やっぱ昭和戦隊って神だわ…!
(でも戦闘パートの瞬殺っぷりには思わず苦笑)

<続く>
・総評
今まで見ていなかったことを悔やむぐらいめっちゃ面白い!なんやこれ!
嶋大輔のイメージがそんなに良くなかった(失礼)のと、このころって戦隊の流れ的にマンネリに苦しみだした時期というイメージがあって、面白くないのでは?という先入観があったのですが、マンネリって一体…と思ってしまいました。
ジェットマン前で戦隊が打ち切られそうになったって逸話が嘘だとしか思えん(ターボ・ファイブが特段つまらないイメージがない)
昭和のお子様&大友たちは贅沢すぎんだろ…と、当時の世代に伝えたい、この気持ち。

いろいろ面白すぎて、何が面白かったのかを説明するのが難しい。
なかなか味わうことができない感覚なので、とても満足でした。
ということで、以下、「ここが凄かったぞ!ライブマン」をお送りします。


・「天才」の設定
設定ですごいのが、「天才」と「落ちこぼれ」という二律背反の設定を一つに落とし込んでいるというところ。
勇介や丈は「世間一般からすれば天才なのに、アカデミアでは落ちこぼれ」という設定なので、天才でも嫌味がない、等身大の青年としてのキャラメイクが成功してるんですよね。
勇介や丈よりも天才がたくさん登場するうえ、彼らの適度な不真面目さが彼らの才能を忘れさせ、視聴者に身近に感じられるよう機能しているために、天才にありがちな万能感を消し去っていました。
恵はもともと成績優秀なので、二人を監督する役目も担っているというのもバランス的によかったです。
コロンはあくまでサポートロボなので、俗にいう長官ポジションを据えない代わりに恵にその部分をやや与えているというわけですね。
そのため、3人の関係は「学級委員と悪ガキ二人」の組み合わせとなり、彼らの特殊性よりもごく普通の青年としての側面が際立ち、必要な時にだけ「天才」の設定が活かせるという絶妙なバランスを保っていました。
この設定は戦隊側キャストの少なさを設定でフォローするという意味でも、実に上手い設定だったんじゃないかと思います。
後半は純一と鉄也が加わったので、3人の等身大の青年っぽさよりも先輩戦士の部分がフィーチャーされていたのは少し残念でありつつも、3人の成長を感じる部分でした。

・ありえない路線変更の最適解
3人で行こう!→やっぱ5人にしよう!という無茶ぶりに対し、まさかのナチュラルすぎる路線変更、マジですごい。
本来そのために設定に遊びを残していたのかもしれないのですが、遊びの部分をフル活用して追加戦士を入れ込んだ手腕は流石としか言いようがありませんでした。
グリーンサイとブラックバイソンの登場から追加までの、設定の裏を突く予想外さと過去設定の流用の上手さは説明するまでもないと思います。ライブクルーザーのAI流用の展開は弟設定の補完にもなり、ホント神がかってました。
ギルドス・ブッチーの正体についても当初は決まっていなかったそうですが、それを感じさせない見事な話運びが意外性を産み出していました。
宇宙人の設定に「えぇ...」と思っていたら、まさかの当て馬ロボットという落としどころには度肝を抜かれました。
冷静に見ればかなり穴があったり強引な設定ではあるのですが、最初から想定されていたのではないか?と見まごうような説得力のある追加の理由付けは、各部分に補完しうる遊びを残していたからこそであり、一年通した作品でありながら、場合によってはどのようにでも作品を転がすことができる余裕を持っていたことに一番驚きました。
白倉Pが良く言う「ライブ感」はこういうことなんでしょうね。
作品が深まる「遊び(=設定の余裕)」を各所に散らしておく、そうすれば視聴者が引っかかった部分を深めるもよし、思うほど反響がなければフェードアウトしても良し。
そういう臨機応変な対応はPなど統括側の手腕が試されるものですが、脚本、玩具、設定等とのすり合わせが上手ければ意表を突いた起爆剤となり、視聴者のテンションを引き上げる材料になると思います。
ライブマンの場合、後ろでごたごたしていたのかもしれませんが、作中でそれを感じさせなかったのは流石としか言いようがありませんでした。

・敵組織の魅力
ボルトは魅力的すぎます。天才の集まりなんだろうけどマジで俗っぽいw
でもその俗っぽさが絶妙に彼らのコンプレックスと人間臭さを引き立てていて、実に魅力のある敵キャラに仕上がっていました。
天才なのにコンプレックスを抱え、圧倒的なプレッシャーの中、ビアスに認められようと必死に才能を研鑽していく姿が、学歴社会や能力至上主義へのアンチテーゼだったんですね。
これはオブラーの一件でも明確に語られていましたが、学力だけがその人間の魅力ではないこと、人として充実した人生が天才であるということとイコールではないというのが、説教臭すぎず生々しく描かれており感心しました。

ケンプやマゼンダら、幹部の魅力は語りつくせません。
アシュラ(嵐)の死に際して、「彼が一番の被害者だったかもしれない」というセリフがあったように、ボルトの面々もみな被害者であったという部分が、魅力に拍車をかけていると思います。
彼らの生き方は死に様にこそ表れているのではないでしょうか。
自身の学力にコンプレックスを抱いていた嵐は、最終的に自分の生き方(死に方)を選んだことで、自身を見失わず死ぬことが出来ました。
同じように、ビアスに傾倒しながらも自分がただの捨て駒だったと知り、人間を捨てることで最後の最期に命の美しさを知ったマゼンダや、自身がロボットであると知ったが故に生の喜びを最期に得ることができたブッチーは、まだ幸運だったのでしょう。
豪は心を失いながらも人間に戻り、再び心を取り戻した後は生涯を悔恨と懺悔にささげることになりました。これを生き地獄ととるか、幸運ととるかは人次第のように思います。
最も不幸だったのは、自身がなぜロボットであるかという真実を知ることなく死んだギルドスかもしれません。
面白いところは、最終的にあれほど頭を働かせて千点頭脳になったケンプが、ビアスに対しては思考停止に陥っているところでした。
ケンプにとって「考えること」は自分の存在意義でもあったと思いますが、極度のプレッシャーを受けた結果、思考放棄して自分の脳を差し出すという選択を選ぶというのは実に皮肉です。
まさに盲信というべき信奉ぶりは、洗脳というにふさわしい。今のテレビじゃできない表現だったなぁと。
ケンプ自身は、ビアスの弱さを知って初めて、生を放棄するという大きな過ちを見つめ直すことができたのですが、それはあまりに遅く取り返しのつかないものでした。
最後に意地を見せられたところは救いだったのかも?

最終的に、ビアスは自分がすべての人間から崇拝される存在になりたいという承認欲求の塊であったことがわかりますが、その半面で自身の人生をやり直したいという欲求を抱えていた事もわかります。
それは、彼が「自分の人生にはどこか過ちがあったのではないか」と根底で意識していたという表れでもあり、自分の人生への疑いを晴らすために強く他者からの承認を求めたとも取れます。
結局、ビアス自身もケンプやマゼンダ、オブラーたちと本質的に大差はなく、「誰かに自分を認めてもらいたい」という思いが原動力だったのではないでしょうか。
だからこそ自分に忠誠を誓うガードノイド・ガッシュを作り、常に自己肯定できるよう保険をかけていたように感じました。
最期は幻想の賞賛の中で、せめてものプライドを守り死んでいったビアス。
才能に溺れ、他人を踏みにじることでしか生きられなかったビアスが最後に求めたもの…それはどんなに人が進化しても、他人とのつながり失くしては生きられないことを証明していたように思います。

ある意味、ボルトの面々はみんな哀れなんですよね。
ライブマンが終始ボルトのメンバーに同情していたのは、どんなに彼らが研鑽しても、ライブマンが持っているものを得ることはできないのを知っていたからだと思います。
満たされない欲望に固執し、方法を間違え、自ら転落してしまう…どんなに頭が良くても人間の性からは逃れらないという切なさが、彼らを輝かせる要因なのかもしれません。

・デザインの秀逸さ
ガッシュのデザインは今でも余裕で通用する。
全体的に敵デザインがカッコよかった印象でした。
ボルトの幹部勢は、全員人間体も怪人体も一歩間違えば大惨事みたいなデザインなのに、絶妙なバランスで成立してたのが凄い。
ピエロ襟の薔薇と宝石付けたイケメンが、ファービーみたいなモフモフになるとかホント頭おかC。
嵐の北斗の拳風の衣装デザインもですが、攻めたデザインでした。
一方でライブマン側はセオリー通りな印象。マスクデザインは立体感のある動物モチーフでカッコいいです。スーツもシンプルだし。
凄いと思ったのはロボの足のアクアドルフィンのデザインですかね。
ロボの足どうしよう…→イルカ1匹じゃ足りない→じゃ2匹で、という思い切ったデザイン。
ドルフィンアローといいマスクの立体感といい、平成で見たことないデザインだったので新鮮でした。

・要注目脚本
曽田さんの脚本はもちろん良かったのですが、サブの藤井邦夫さんの脚本がとても良かったです。
ぶっちゃけていうと、全盛期の井上敏樹のような脚本なんですよね。流れが。
個人的に感じただけなので、脚本家としてレベルが違うとかそういう意見があったらごめんなさい。でも、一瞬弟子かと思うぐらい似てる部分があると感じました。
各キャラの意外性のある一面を押し出した脚本の数々は実に見ごたえがあり、個人的に「丈が愛した頭脳獣」の話はセオリー通りの展開なのに、ライブマン側だけでなくボルト側も深めていたところが良かったです。
愛という感情は不要だと切り捨てるビアス、それに対してまだ人間的感情に未練のあるマゼンダ、その思いをくみ取るDr.アシュラの姿が、役者の演技によってさらに昇華されていたいい回でした。
ケンプが主役の「ケンプ、血と薔薇の謎」も、いまだケンプが人の心を捨て去ってはいない側面が垣間見え、彼の魅力を深める一因となっていました。
特撮の見どころである脚本と役者、そして演出が噛みあった回を見ると「見てよかった!」っていう気分になります。
今後も昭和戦隊を見るにあたっては、藤井脚本に注目したいと思います。

ついでに井上脚本は「めぐみと宝石泥棒」があまりに井上テンプレすぎて「昔から変わってねーな!!」って笑ってしまったのですが、他の担当回もメインライターで描く作品と同様のテーマや手法でしたね。
なんだかんだ面白いのが悔しい。また戦隊描いてくれ893!たのむ!!!

・でもここだけは文句を言いたい
ライブボクサーの操演→合体→着ぐるみのバランス変化には文句が言いたい。
おまwww別人やんけwwwww
なおこの悲劇は40周年記念作でまさかの復活をするという…wナンテコッタイ
あと、胸のマークがなんでライオンだけカラフルな刺繍なんだよ!
黄色に白だと目立たないなら、黒か茶色の単色刺繍でいいじゃねーか!
変身ごとに違和感バリバリだったので、ここだけは統一してほしかった…サイとバイソンは白刺繍なのに…


他にもいろいろ感想はあるのですが、観ていて感心した部分を中心に感想を書かないと取り留めもなくなるので…
メイン5人のことは全然書いてないんですが、全員いいキャラで良かったです。
追加戦士のポジションが初期メンバーと違う部分もドラマのアクセントになってましたし。
ついでに挿入歌の「スパーク!海へ」は名曲ですね。作品を観る前から知っていたのですが、改めていい曲だなぁと感心しました。
しかし、あれがブッチ―死亡回でラジオでかかっていたということは、作曲した彼女の才能が認められてメジャーデビューした、ということなのでしょうか…そうだったらいいな。
あとバイモーションバスターの時の動きと変身時のジングルが好きです。あとアキバレでも言われていたように、コロンで目覚めるのは不可抗力だと思うな…(言うところがなかったのでぶっこみ)

ライブマンは終始、学歴社会、学業至上主義的な世相への警鐘をテーマとして貫いたのが良かったと思います。
もちろん時代的なものもあって雑だったり荒い部分も山ほどあるのですが、根底のテーマにブレがなく、一本筋の通った物語は、今なお訴えかけるものがありました。
普遍的な面白さに大事なものは、細かい設定とか説明なんかより別にあるんですね。
観てよかった!!


そして視聴後にゴーカイジャーのライブマン回を視聴して感動するまでがセット。
ザイエンのキャスティングが狙いすぎて感動するwデザインまでほぼビアスwww
でもゴツいブルードルフィンには失望した(最低)
蜂須賀さんの男とは思えないブルードルフィンがいいんだもん!!うわーん!





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