やっと終わった!!!
長かったァァァァァ!!!
最後辺り、毎週無表情で見てたなあ。

どちらかと言わなくても批判的な意見です。
ご注意ください。

<続く>

・観終わって一言
純粋につまらなかったです。なんか雰囲気作りだけ頑張ってて、1クールずつずっと同じことやってた印象。
大体ライダーって続き物でも個々のキャラの関係性とか舞台設定とか、その時の大まかな流れとか、2~3回見れば把握できるんですよね。それができない作品でした。
最後まで見るのが、近年だと鎧武よりキツかったです。
(鎧武は内容はグダグダだったけど、場外戦が白熱してた分には面白かったので…)
最初から最後まで、何を目的に何をしているのか、イマイチよくわからない状態で見ていた作品でしたね。
命の扱いについても本当に酷かったです。
内容が駄目ならせめて演者の演技力向上を楽しみたいところですが、内容と同じく停滞気味だったので、そのあたりの楽しみもあまりありませんでした。
登場人物が医者として成長する物語でもなく、ゲーマーとして成長するでもなく、ライダーや医者足り得る素質も感じられず、私は一体何を見続けていたんだろうか…?とふと自問自答。
そんな感じでした。

・なぜそうなったのか
やっぱ基本中の基本であるガシャットの存在とか、ゼロデイとか、バグスターとか適合手術とか、そういう根幹をなす物事についての描写が甘かったからじゃないかな。
全体的に、おいしそうなネタを提供して、料理されるのを待ってたらまさかセルフで料理する方式的な、ネタの調理を怠った感が凄かったです。
あと、一年通してキャラクターの核がつかみきれなかったように感じました。明確な成長や人間関係の変化が感じられず、その場その場でキャラクターの思考が都合よく変化をさせられているように思いました。
ネタで妄想が広がるタイプなら楽しめたのかもしれないですが…

バグスターに対しての反応もまちまちすぎて微妙でした。主人公に都合のいいキャラは生かして他は退治する的なダブスタっぷりが見えちゃう…命って何?って逆に思うなぁ。
命の重みを教えるため?にいたぶって疑似的に殺す(そして服従させる)シーンとか、元凶とはいえ実験台にして何度も殺すとか。ヒーローじゃなくてそれ敵がやることじゃない?
あと医者である必要性が薄すぎ。医者が医者として機能してない。「医者」という概念がゲシュタルト崩壊してると思う。
医療モノドラマでありがちなシーンや予想される展開がまるでない、というより基本自分本位で話が動いてて、職業意識を感じる展開がほぼなかった気がする。
マトモな医者ならそれはダメだろってことも普通にやるからかな?医療現場とか取材したのか?してないのかな?
あとゲーマーなのにチート行為しかしてなくて、まったくゲーマーっぽくない。
もっとレベル差を技術で埋めるとか、バグを駆使するとかゲーマーらしい行動があればいいのに、最終的には開発者側の協力のもとチートで無敵になって相手をぼこぼこにするとか…
そもそもレベルの概念も微妙。結局「強いアイテムを持ってる方が勝つ」なら、レベルという概念ではなく、強いアイテムor開発者の奪い合いにならないとおかしい。社長便利すぎ、顎で使いすぎ、アイテムはもらうのにそのくせ見下しまくりで意味解らん。それなら作さんみたいな開発ポジションがあと一人必要だったと思う。
レベルというなら、アイテムに依拠しない「経験値蓄積型レベル」の表現がほしかった。根性論で基本レベル差がひっくり返らなかったし…
主人公含め、登場人物が医者としてもゲーマーとしても、さらに人間としても中途半端すぎる。敵にも全く同じことが言えるけど、キャラクターそれぞれに一貫する「信念」みたいなものが感じられないし、そもそもきちんと自分の頭で考えて行動しているように感じられない。脚本の都合で動く舞台装置的だから?
社長なんかはモロ敵(殺人済み)なのに、いつのまにか仲間or協力者という名の下僕扱いだし…いろんな元凶なのにいいのそれで?Vシネでやるから?
バグスター(パラド)の蜂起も、人間にいいようにされるゲームキャラから確固たる個人としての独立を目指す敵な感じだったのに、最終的には人間と楽しく遊びたい(意訳)みたいな立ち位置に落ち着いちゃったし…
あとニコは物語上必要だったの?むしろ後半、「ニコの必要性」を作り上げるための展開になってなかった?闇医者のキャラ立てのためとかいわれてたのに、逆に大我の影が薄くなってたよ?あの暴力性と我儘ぶりは観ててキツかった。
コロコロときっかけなく変わる人間関係に唐突に持ち出される因縁、行動に対する理由のなさ、存在の希薄さ等々、第一話から最終話までこれ程にキャラクターの印象が変わらない作品も珍しかったです。
キーアイテムのガシャットは努力して得るものではなく、開発者から難なく入手するのも興ざめ。しかもアイテムの入手先が味方からならまだしも、敵が作ったアイテムなのに、何の疑いもなくホイホイ使い続けるという不可思議さ。
まぁ息子がデカくした会社を、塀の中にいただけなのに「計画通り(キリッ」とかいってドヤってる親父もいたし…人から力を貰うことに何の躊躇もない世界でしたね。
キャラクターやアイテムの設定が後だしで180度変わったり、設定がいつの間にかすり替わってたり、長期的にも短期的にもちぐはぐさが目立ちました。伏線という名の設定の乱発や後付けが多かったです。だから真っ当に考察すらできない。えっそうだったっけ?えっそうだったの?っていつも思ってました。
全体的にやりたいことをしたいがために整合性や理由づけは捨てた感じがする。
部分的に観れば面白いしカッコいいのかもしれないけど、そこに至るまでのマトモな道筋が描けてない。
だから全部中途半端だったんじゃないかなぁ?
作り手側が「ライブ感」というものを都合のいいようにとらえてて、ライブ感に必要なそれなりの整合性とかフォローとかを放り投げてやりたいことだけやってたようには感じました。
ただそれが祭り的で受けるというのも一理あるとは思います。一話一話だけだと名作っぽいですもんね、盛り上がりが多いと。
あとどーしても解らなかったのですが、『ステージセレクト』ってワープだったの?VRだったの?変身解いてもセレクト先にいた(と思う)からワープだったのかなぁ?使う基準がイマイチわからなかった(室内から室外に移動という制作的理由を除く)

むしろ良いところがどこだったのか、テーマってなんだったのかと思ってしまうのですが、「面白い」と言っている人は一定数いるわけで、一体どういうところが面白かった/良かったのか教えてほしかったです(嫌味じゃなく純粋に疑問)
盛り上がってる人たちが羨ましいような羨ましくないような、複雑な一年でした。

・命について
こればっかりは比べて申し訳ないけど、命がテーマならゴーストの方がよかったよ…
よく比較対象として引き合いに出されていたゴーストが気の毒でした。
一応まがりなりにも肉体を捨てて魂だけで永遠に生きる生き方と、肉体と魂がともにあり死を迎える生き方に対して、多少なりでも理屈付けて答えを出そうとしたゴーストのほうが、命に向き合おうとしていたんじゃなかろうか…
描き方が上手かったとは決して言わんが、ゴーストはやりたいことは感じられたんだけどな。
エグゼイドは命を軽視しすぎ。バグスターのデメリットって何だっけ…?データ人間というわけでもなくて実体?あるし。ご飯も食べられる。
死んで生き返りまくる社長で遊びまくったり、貴利矢がノーデメリットで受肉(としか思えない形で)して生き返ったり、決意して死亡からの復活を許した結果、命の尊厳とかコンティニュー不可能な命とか、もはや茶番でしかない。
そのくせ「消滅した人間は死んでません!」宣言www
(永夢にとっての都合のいい)バグスターは即効復活するのに、被害者は復活するかどうかも不明なんだ…?クロトにまたお願いすればいいのに。「復活するかもしれないが出来るとは言わない」みたいなグレーゾーンを命に設けてもいいのか?しかも一医療機関の一医者が?責任持てるの???と疑問でした。
これってハッピーエンドなんですかねぇ…そりゃあ永夢周りは誰も死なずにハッピーかもしれないけどさぁ…消滅者の周りはそれでいいのか。
エグゼイドは命に対しての意識が中途半端だと感じました。死なないでフツーに復活できて、真っ当に管理されるならバグスターでもよくね?って思っちゃうんですよね。医療にも応用できそうな要素もあるのにそこはスルーだし。利点に向き合うことすらしなかったし。デメリットもイマイチわからなかった。
もっとちゃんとバグスターの概念を描くべきだったように思います。
ポッピーやパラドのように宿主ありきで生まれたオリジナルと、社長や貴利矢のように本人がそのまま生き返ったイレギュラーの違いが不明確だったのがそもそも問題だったのかもしれないですね。
都合よくバグスターであることを持ち出したり、都合よく人間と同様の扱いだったり、毎度スタンスが違いすぎ。
別にバグスターに命があってもいいんですが、都合いい悪いで命の選別はしちゃいけないんじゃないかな…都合よくゲームキャラ扱いするんじゃなく、一人の存在として倒すにしても敬意を払うとかやってほしかった。
オチに関しては、そもそも「消滅=死」としない時点で、命の管理者が正宗から永夢たちに移っただけな気もしました。

・映画のまずさ
「トゥルーエンディング=後日談」という最悪の采配。
最終回を見てから映画が公開ならまだしも、最終回前に後日談は良くない。
まず、見た時点で本編の緊張感がゼロになるし、ポッピー消滅だのパラド消滅だの、感動させたいであろう本編の要素がすべて台無しになる。
本編を殺す映画になってて、悪手としか言えない設定だった。
これを避けるために一期ではパラレル、二期では本編に挿入されるストーリーにしてたのに…なぜ後日談をあえて選んだの?って感じでした。
最終回の後にこれ言う必要あったの?モロバレだったよ?それとも見た人が気づかないと思っていたのか…?もしくはテレビ視聴者で映画を見てる層は仕掛け()に気付かないそうだとでも思ったのだろうか…?

・ビルドの扱い
酷い…映画も本編もぽっと出なのはいいとしても、戦闘を邪魔してまで現ライダーのエネルギーを回収するため「だけ」に出てくるのはいかがなものか。
(映画ではパラドの邪魔、本編ではクロトの邪魔&殺害)
しかも過ちとはいえ本編でサブライダーを殺すって…信じられない扱い過ぎて無表情通り越すわ。
ビルド本編と客演のキャラが全く違うことを祈るしかない。
もうこんなコラボなら正直いらねぇ…

・脚本家
高橋さんの脚本は、私が特撮を見てきた中ではトップクラスで下手くそでしたね。
構成力も文章力ももっと頑張らないと、特撮は無理だと思います。まぁ元は舞台出でアニメ経験もあるはずですけど…。
上から目線と言われようが、今まで色々見てきた中で判断するに、私はそう思います。
また一人、出来る限りニチアサに来てほしくない脚本家が増えてしまった…絶対に戦隊には来てほしくねぇ~!サブでも勘弁な!!

・大森作品への嫌悪感の正体?
特定のスタッフへの問題提起になるので、嫌いな人は嫌いな話だと思いますが、なぜ特定の作品だけを嫌悪するのかという大事な要素なので、まとめておきたいと思います。
キョウリュウジャー、ドライブ、エグゼイドとメインPが大森氏の作品をみてきて、どうも受け入れがたいものがあると思っていた正体がやっとわかった気がしました。
私はずっとキャラクターを一個人として描くのではなく、作品のための駒扱いしているところに嫌悪感を持っていたんだと思っていましたが、もっとも嫌悪していたのは「敵キャラの扱い」なんだと思います。
なんというか、「見下してる感」が鼻についていたのかもしれません。
私がイマイチ受け入れがたいと思う作品は、敵の扱いが「人間以下の憐れな存在」という、人間視点で見下された扱いや描かれ方をされているように思います。
例えば敵が「人間を超えたい」と願うと、最終的には「人間である主役の許しを得て」やっと一人前と認められる、というような流れがあるとか。そして敵もそれを受け入れがちなんですよね。
そもそも「倒されること」を大前提としたキャラクターとして造りすぎているというか、悪の美学がまるで感じられないキャラクターたちは、どうも作り手側の傲慢さの表れなのではないか?と感じます。
あくまで敵は人間と対等でありそうで対等でない。人間様の采配一つでもどうにでもなるんだぞ、お前らはしょせん引き立て役なんだというような、敵キャラに対して傲慢な感情が漂っているように感じてしまいます。
人間側が同情や憐憫を「与えてやる」という展開は、敵の個性も魅力もすべて潰してしまいますし、あくまでヒーロー側主導以上の何物でもない、ワンサイドゲームと化してしまうと思います。
悪役に必要なのは、確固たる信念とゆるぎない野望、憐れみをはねのける強さなのではないでしょうか…(もちろん仕掛けるまで~仕掛けた後の采配も大事ですが)
「大森P憎しでこう見えてる!」と言われても仕方ないかもしれませんが、私にはどうも各作品の敵キャラに悪役の魅力があるとは思えませんでした。
逆にいうと、悪役の魅力を発揮させる機会がもらえないまま死んでいったと思います。
ちなみに、上記はドライブ、エグゼイドで顕著だったと思います。キョウリュウはまだ敵キャラに魅力があったと思ったのですが…組織力の差?かなぁ?
ちなみに今回エグゼイドでもっとも露骨だと思いましたが、三条さんのおかげで緩和されてた部分かもしれません。それか高橋さんが大森Pと共鳴した結果なのかもしれません。謎。
なんか今回は悪い方向にやりすぎなぐらい突き進んでたと思います。
こういうところが受け入れがたい部分なのだと思いますが、あくまで私個人の意見です。
嫌悪感持ちすぎ、気にしすぎなだけなのかもしれませんが。

・それでもよかったところ
最初のころのCG使いまくりの絵面は派手で割と面白かった。
ゲムデウスの着ぐるみデザインは嫌いじゃなかったよ…登場後たった1話で倒されるとは思ってなかったけど…CGは黒十字総統っぽくて笑ったw
何度見ても既視感があるな誰だデザイナーとずっと考えていたのですが、もしかしたら既視感の正体はシャンゼリオンのザンダーだったのかもしれません(顔付近)
あとOPは最初聞いた時微妙だなって思っていましたが、感謝祭で生で聞いて盛り上がったら印象が変わりました。今思えばもったいない出来の曲でしたね。
あと清水さんの顔芸はちょっと面白かったです。社長と親子と言われても納得のねちっこい演技には説得力がありました。
社長の演技・演出は最初面白かったです。続きすぎてくどかったのは残念でした。
あと、最終回はバトルシーンは良かったです。久しぶりの本格的な夜ロケでアクションもカッコよく、さらにエフェクト満載のバトルだったので、そこは良かったと思います。


まさに諦観というにふさわしい一年でした。
ライダーシリーズだから見る、という以上の理由がありませんでした。
ライダー自体は嫌いじゃないし、握手会があれば参加するけど、いいところが本当に見つけられなかったから限界だったという感じです。
戦犯はPと脚本が8割という印象ですが、現場の演出もアレだったという噂はちらほら。うーん…信頼感の下がった監督もいますかね…
次もP続投か…と思うとげんなりするけど、せめて脚本がマシならまだ何とかなる(はず)…設定にはすでにヤバさを感じるが…
頑張れ…せめて一年メイン執筆してくれ…頼む…そしてマトモな筋立てであってくれ…
もしくはアマプラオリジナルで靖子ライダー始まって…もしくは敏樹こいよ敏樹。Rxの茂少年主役の続編とかでいいからさぁ…ネットで単発でもいいよもうこの際面白い特撮という名の人間ドラママジで見せて(メンタルが限界)

色々と積み重なって思うところがありすぎて、必要以上に愚痴っぽいかもしれませんが、「平成」という元号に終わりの見える今こそ、制作側には「何が仮面ライダーの魅力だったのか」を洗い直してほしいと思っています。
でも、アマゾンズとかゴライダーとかの発想を見るに、仮面ライダーというコンテンツ自体にはまだ限界が来てるわけじゃないと思うので、次回は楽しい一年がすごせる作品になるといいなと思います。
(その発想どっちも白倉じゃね?という意見はアーアーアーキコエナーイ)

なお、この意見を参考に理性的な反論・疑問・助言・訂正等があれば真剣に受け付けますが、感情的・攻撃的なだけの中身のないコメントの場合は基本スルーします。
また、作中で描写のない非公式設定・推論についての解説、またはそれに依拠するご意見等もご遠慮ください。





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